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SYNのこれまで(会社沿革)

法人設立まで

 創業は2008年で、設立は2009年の2月。株式会社になり、1期目がスタートするまでの1年間くらいの話。

大学生時代 -はじめの一歩-

 暇を持て余していた澤田は当時の友人と集まり、「何か事業をしよう」ということになる。当時は中高大の友人と、代表の澤田を含め5人でスタートした。全員同い年、社会人経験ゼロ。タバコ屋をやろうとかメイドカフェのまとめサイトを作ろうとか、意味不明な事業計画も含めて色々と話し合った。結論、ニコニコ動画のようなメディアを作るぞーなんて言っていたのは記憶している。

大学生時代 -当たって砕けた-

 動画メディアのプレゼン資料を作り、サイバーエージェント系の投資会社を回ったり大学教授に訪問したりした。基本的に投資会社からは失笑を買った。今思い出すと、そりゃそうだろうな、という感じなので特に恨みはない。むしろポンコツプラン持って行ってごめんなさい。

成城大学
当時優しかった大学No.1

 大学教授は何だか良い人ばかりで、授業に潜らせてもらったりゼミ合宿に招待してもらったり、実名書くと大学から怒られそうなことまでしてもらっている。マーケティング関係や映像関係の教授に電話して突っ込み、会話をして優しくしてもらうみたいな流れ。なお、当時澤田が在籍していた東京理科大学は、関わった大学の中で一番優しくなかった。

大学生時代 -そうだ、イベントやろう-

 そのような中で「とりあえず何かやらないと失笑を買う理由も分からないし、何かやってみよう」ということになった。そして、元手がかからない(当日の支払いで済む)イベントをやることになった。イベントと言っても大したものじゃない、クラブを貸切にした学生パーティイベントだ。

音楽と踊りは世界を救う?

 結果、最初のイベントは50人くらいしか来なくて赤字だったが、まぁ何となく一連の流れは分かったかな、という感じ。当時のスタッフは良い人ばかりで、全員に感謝している。

大学生時代 -もう法人にしちゃおう-

 そのような中でよく分からないが法人を設立した。おそらく当初、どんなファクターが最も売り上げに影響を与えるか全く判断ができず、少しお金が入ってきた段階で「伸ばすなら法人登記だ!」となってしまったように思う。

5期までの歩み

1人企業時代

 2008年の創業当時5人いた当社だが、登記時には3人、1名がその後傷病により一時離脱。頼りになると思っていた人の離脱に騒然、頑張ったが色々と空回りしてしまった。そしてその後、一時離脱していたメンバーが正式に離脱し、2009年の10月頃には2人になった。

新しい取締役の入社

 2009年の12月、新しい取締役「色部貴明」が入社する。これで3人の会社になった。彼は澤田が中学時代に通っていた塾の事務員をしていた男で、前職をちょうど辞めたタイミングでの入社となった。

 なお、この後2011年に澤田が受けたインタビュー記事を発見した。現在の澤田曰く「何言ってるか分からないし、ただただ恥ずかしい」。そんな感想の記事だが、興味があれば読んでみて欲しい。

【海外生活体験者・社会人インタビューvol.92】
http://www.rtnproject.com/2011/03/vol92_1.html

 このくらいの時期にオフィスを千葉県野田市から東京都渋谷区に移転。理由は名前がかっこいいから。まだまだ勢いだけの会社だ。

2013年、5期目

 5期目になる前に副社長だった男が離脱したが、これは予想できたことだった(他に緩衝材となる人がいなければ、性格の相性により衝突が起こる感じだった)ので、特に混乱は起こらずに済んだ。そして彼は別の会社を立ち上げ、今でもたまに顔を合わせる。

 さて、この2013年、大きな変化が訪れた。公益社団法人東京青年会議所への入会だ。これは経営者を主として構成される団体で、社会貢献活動をしている。この頃澤田は特に孤独を感じており、同じ経営者の集まりである東京青年会議所は非常に居心地の良い場所となった。特に仕事を求めて入会したわけではないが、以後このご縁により非常に多くの仕事に恵まれた。

業務内容の変化

 この頃からしばらく、建設業界のお客様と接する機会が多くなった。建設関係の団体にお声がけいただき、広報等を担っていたためだ。その結果、WEB制作以外にも様々なサービスを手がけることとなった。

 深く関わるうち、特に建設業界のお客様はIT担当者が社内にいないことが多く、会社のIT活用状況等を一括して管理するサービスが必要だと感じた。このことから、IT活用のコンサルティングサービスを開始。要は弁護士とかと同じように、「ITでも顧問つけましょう!」というサービスだ。自社の商品やサービスを売るのではなく、どのサービスどの商品が良いのかを徹底比較してアドバイスする。これがSYNには合っている、と感じた。

10期目までの歩み

 社員は増減を繰り返し、そのうちに外部のフリーランサーと契約をすることも増えてきた。設立から5年を過ぎた頃、澤田は拡大路線を外れ、のんびりと過ごすようになった。いつのまにか初心を忘れ、「ほどほどで良いんじゃないか」なんて考え始めていたのだ。

 さて、そうなると当然の流れ、会社は悪くなる。業績悪化。これではいけないと奮闘する。緩やかにそれを繰り返しているうちに、eスポーツの市場がどんどん大きくなってきた。当社の色部も大好きなeスポーツ。これは乗りたい。そんなわけで、eスポーツ事業を開始。2015年より本気で取り組み始める。

 なお、10期目に渋谷区内で小規模な引っ越しをした。元いたビルの契約期間満了を直前に、オーナー側の意向があり更新できず。割と普通の理由だったので円満に納得し、非常に小距離、神宮前から幡ヶ谷へ移動した。

eスポーツ業界の仕事

 5期目〜10期目までは従来の業務に加え、eスポーツ関連の事業を開始した。主には、「①eスポーツについて学びたい人たちに向けた、eスポーツの歴史や現在の市場動向に関する講師派遣」「②各種経営者団体に向けた、eスポーツ勉強会の設営・開催」の2種類だ。その他、10期目の終わりからはeスポーツ専門メディアの設立やeスポーツアイドルのプロデュースを開始した。

そして現在

 現在、2019年。当社代表の澤田は日本のIT企業団体「日本青年会議所 IT情報部会」の会長に就任した。その結果、関東地方以外からの案件受注が非常に増えている。これを機会に、更なる躍進に臨みたい。